アーノルド・ジェイコブスの哲学を紐解く

アーノルド・ジェイコブスのレッスン哲学について、「アーノルド・ジェイコブスはかく語りき」と彼のマスタークラスのメモを元にまとめてみました。

彼の言葉は、単なるテクニック論にとどまらず、楽器を演奏する上での本質を深く考えさせてくれるものばかりです。

アーノルド・ジェイコブス(Arnold Jacobs, 1915-1998)とは?

アーノルド・ジェイコブスは、20世紀を代表する偉大なチューバ奏者であり、音楽教育者としても多くの奏者に影響を与えました。彼は シカゴ交響楽団(CSO)の首席チューバ奏者として44年間(1944~1988年)在籍 し、その豊かな音楽性と圧倒的な音の存在感で知られています。単に演奏技術の高さだけでなく、 「歌と息(Song & Wind)」の哲学 を基にした独自の指導法でも評価され、世界中の管楽器奏者に影響を与え続けています。


生涯とキャリア

幼少期と音楽の道

ジェイコブスは 1915年6月11日、アメリカ・ペンシルベニア州フィラデルフィア に生まれました。幼少期に音楽に興味を持ち、最初はトランペットを学びましたが、 喘息を患っていたこと から、より低音楽器に適性を見出され、やがてチューバを選択することになります。彼は カーティス音楽院(The Curtis Institute of Music) で学び、若くしてその才能を開花させました。

シカゴ交響楽団時代

1944年、ジェイコブスは シカゴ交響楽団の首席チューバ奏者 に就任しました。このポジションを44年間務め、数多くの名演を残しました。彼のチューバの音色は、「シカゴ・ブラス・サウンド」の一部として、世界中の管楽器奏者に影響を与えました。
彼が関わった演奏の中でも、フリッツ・ライナー(Fritz Reiner)やサー・ゲオルグ・ショルティ(Sir Georg Solti)指揮の録音は、今でも名盤として高く評価されています。彼の音楽は、単なる低音パートの役割にとどまらず、 オーケストラ全体の響きを支え、豊かにする重要な役割 を果たしていました。

指導者としての影響

ジェイコブスは 演奏家としてだけでなく、教育者としても極めて優れた指導者 でした。彼は 「脳で演奏する」ことの重要性 を説き、技術よりも 音楽のイメージを持つこと を重視しました。

ジェイコブスの基本的な指導哲学

  1. 「歌と息(Song & Wind)」
    • 音楽を演奏する際、まず頭の中で歌うことが重要。歌うことができなければ、良い音楽は生まれない。
    • 息は、演奏を支える最も重要な要素であり、楽器を鳴らすためではなく、音楽を生み出すために使う。
  2. 「考えすぎない」
    • 演奏中に技術的なことを過度に考えると、自然な演奏ができなくなる。
    • 「音楽を作ること」に集中し、身体の動きは結果としてついてくる。
  3. 「良い音は良い呼吸から生まれる」
    • 息の流れを意識し、無理なく自然に吹くことで、美しい音を作り出す。
    • 「息の流れが音楽を作る」と考え、空気の圧力ではなく、息の質を意識する。

晩年と遺産

ジェイコブスは 1998年10月7日、シカゴで逝去 しましたが、彼の哲学と指導法は今でも多くの奏者に影響を与え続けています。彼の教えをまとめた書籍 「アーノルド・ジェイコブスはかく語りき(Arnold Jacobs: Song and Wind)」 は、管楽器奏者にとって必読の書とされています。今回はその中から重要な考え方をまとめてみました。

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歌とバズィングの重要性

アーノルド・ジェイコブスは、「演奏する前にまず歌うことが大切だ」と繰り返し述べています。彼は、「もし頭の中で正しい音楽が鳴っていなければ、楽器を使っても良い音楽は生まれない」と考えていました。彼のレッスンでは、生徒たちに「まず歌うこと」を求め、音楽のイメージを鮮明に持つように指導しました。

ジェイコブスは「楽器を通じて音を出すのではなく、心の中で音楽を歌い、それを息で形にする」と述べています。これが「ソング&ウィンド(歌と息)」の基本概念です。演奏の基盤には、楽器の操作ではなく、まずは頭の中でしっかりとした音楽を作ることがあるのです。

バズィング(マウスピースのみを使った練習)は、歌うことと密接に関係しています。ジェイコブスは、「マウスピースでのバズィングは、楽器を通じて音を出すよりもさらに純粋な形で音楽を感じることができる」と述べました。彼は、生徒に対して「バズィングをするときも、ただ音を鳴らすのではなく、しっかりとメロディーを歌うように」と指導しました。

バズィングの目的は、唇の振動を意識することではなく、息の流れと音楽の流れを一致させることにあります。ジェイコブスは「良いバズィングは、まるで楽器を吹いているかのような響きを持つ」と述べ、単なる音作りではなく、音楽そのものを体で感じることの大切さを説いていました。


呼吸と息の良い音への関係性

「良い音は良い息から生まれる」というのが、ジェイコブスの最も重要な教えの一つです。彼は、「息の圧力を意識するのではなく、息の流れを意識することが大切だ」と述べています。彼の指導では、生徒に「息を押し出すのではなく、自然に流す」ことを意識させました。

ジェイコブスは「空気は力で押し込むものではなく、ただ流れていくものでなければならない」と述べています。彼のレッスンでは、生徒に対して「できるだけ自然に、抵抗を感じずに息を流すこと」を求めました。これは、音の伸びやかさを作るために必要な要素です。

彼の指導では、特に「呼吸の質」に重点が置かれました。「たくさん息を吸っても、正しく使えなければ意味がない」とジェイコブスは語っています。彼は、胸を広げるように息を吸い込み、体の緊張を最小限にすることで、よりスムーズな息の流れを作ることを勧めました。

また、彼は「音を作るのは息であり、息の流れが正しければ音は自然と生まれる」とも述べています。彼は、「強く吹こうとすると、音が固くなり、楽器の響きが損なわれる」と指摘し、余計な力を使わずに、息の流れに委ねることの大切さを強調しました。

彼のレッスンでは、リラックスした状態で深い呼吸をする練習が重視されました。「呼吸は自然なものであり、必要以上に意識しすぎてはいけない」と彼は語っています。深く吸い、自然に息を流すことで、楽器は最も自然に鳴るのです。

ジェイコブスの教えは、「歌うこと」「バズィング」「呼吸」のすべてが密接に結びついていることを示しています。彼の哲学では、「音楽が最初にあり、それを表現する手段として息を使う」という考え方が基本となっています。

彼は「テクニックに意識を向けすぎると、音楽が失われてしまう」と警告し、「技術の向上は、音楽をより豊かに表現するための手段であるべきだ」と指導しました。

このように、ジェイコブスの哲学を理解することで、演奏の本質が見えてきます。彼の教えは、単なる技術ではなく、音楽をどのように捉え、どのように表現するかという深い問いかけでもあるのです。

まとめ

アーノルド・ジェイコブスは、単なる演奏技術の達人ではなく、 音楽の本質を理解し、それを表現する方法を追求し続けた教育者 でした。彼の「ソング&ウィンド(歌と息)」の哲学は、 音楽を感じ、それを息を通じて表現する ことの重要性を説いています。

彼の教えは、現代の管楽器奏者にも大きな影響を与えており、 単なる演奏技術の向上ではなく、音楽を深く理解し、より豊かに表現するための指針 となっています。


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