グリスで音が良くなる?プロが本当に選ぶオイルとは

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はじめに

楽器に使うグリスやオイルにこだわると音が良くなる!みたいな話聞いたことありませんか?

「え、音変わるの?!」と、そんな事考えたことなかった人もいると思いますが、実際たくさん種類があってどれを選べばいいか悩みますね。

今日は、意外と誤解の多い 「オイル・グリス」 の話をしたいと思います。

結論から言えば――

プロが使うのは高級なものや特殊なものではなく、ヤマハやヘットマン、JMルブリカントといった高品質で定番の楽器用オイル・グリスです。

微妙に相性みたいなものもあるので、詳しく解説していきます。まずは、よく陥ってしまう基本的な注意点をまとめます。

1. グリス選びのポイント

近年、楽器用ではないオイルやグリスを流用して「グリスで音が良くなる」として販売している商品や抜差管が緩くてスカスカな楽器に「重いグリスで抜差管を安定させる」といった話をよく耳にします。

しかし、これらにはいくつかのリスクがあります…

  • 品質テストが不十分:音に対する客観的な検証がされておらず、ダイナミクスレンジが狭まっていることがほとんど。ブラインドテストして他社製品と比較していない。
  • 工業用流用の危険性:黒色を呈する工業用グリスは、多くが MoS₂(二硫化モリブデン)やグラファイトを含みます。これらは 工業機械の高荷重摩擦面や高温環境で優れた性能を発揮しますが、人体に触れる用途は想定されていません。特に指で塗ったり、口に入るリスクがある金管楽器では、毒性や金属腐食、清掃困難のリスクも不明であり、安易に流用すると危険。
  • ヘビーグリスの弊害:高次倍音を消すため、音がもっさりして広い空間に飛ばなくなる。バルブオイルでグリスが溶けて汚れやすくなる結果、反応が悪くなる。

小さい部屋では「抵抗感が増えて吹きやすくなった」と錯覚しやすいのですが、実際には音のニュアンスが失われていることが多いのです。

重いグリスがどうしても好みだという方は、広いホールで、信頼できる第三者に聴いてもらいながらテストすると良いでしょう。誰かがお勧めしていたからではなく、自分と自分の楽器に合うものはどれなのかを見極めることが大切です。

基本的に多くの方は、まずは各社から販売されているレギュラータイプの定番グリスを選ぶと良いでしょう。

嵌合調整の様子(Winds Tune Garage Hosokawa 細川さん)

また、抜差管が緩んで落ちてしまう場合やオイルと混ざってすぐに溶けてしまう場合の本来の解決方法は「芯金」という金属棒を使い、抜差管をほんの僅かに太くする「嵌合調整」を行う必要があります。

「抜差管で振動が逃げているからグリスを重くして振動伝達のロスを無くす」という意見もありますが、根本的に嵌合(カンゴウ)の調整が正常に出来ていればレギュラーグリスで問題ありません。

重いグリスで一時的に誤魔化しても、管の隙間は変わらないので、そこにオイルが流れ込むことでグリスが溶けてしまいます。そうなるとまた緩くなってしまうので、根本的な改善にはなりません。グリスを塗り直す頻度が増えれば管の中も汚れやすくなります。

2. オイルの粘度について

基本的には多くの人が「レギュラー」タイプで十分です。ヴィンテージ楽器に関しても、レギュラーで動きが悪くならないのであれば、無理に粘度の高いものを使う必要はないです。むしろ、ピストンやロータリーの動きの悪さはオイルが原因ではなく、基本的な調整不良なことがほとんどです。

また、音色に関しても、「粘度が軽い=明るい音」「粘度が重い=暗い音」といった特徴はあります。ポップスではライトオイルを使い、クラシックではレギュラーを使う、といった使い分けをする人もいます。

重要なのは季節や温度に応じた粘度調整については、

  • 真夏(35℃前後):オイルは揮発しやすく、軽く感じやすい
  • 真冬(3℃前後):オイルが固く感じ、動きが鈍くなる

夏場に軽い同じオイルを使い続けるなら、指す頻度を増やす必要があります。逆に冬場に重いオイルを使うと動きが鈍く感じるかもしれません。お住まいの地域に合わせて調節するとよいでしょう。

我々の活動において、F管のチューバはソリスティックなことをやることが多いので、ライトなオイルが適しています。一方で、C管はレギュラーかやや重めの方が安定して聴けるので、演奏するジャンルや楽曲に合わせて微調整してみてください。

3. おすすめのメーカー

ヤマハ(YAMAHA, Japan)

世界最大級の総合楽器メーカー。ピアノや電子楽器から管楽器まで幅広く手がけ、世界120以上の国と地域に流通網を持っています。

オイルやグリスも自社楽器に合わせて研究・開発されており、化学的に安定し、金属やラッカーを守る設計。実際にチューバサダーズのメンバーも、ヤマハのグリスを使用している人が多いです。(オイルは様々)

品質は非常に高く、初心者から上級者までおすすめです。音色への余計な色付けが無く、全オイル・グリスメーカーの中で最もニュートラルです。良くも悪くもですが、楽器が持っている音色や鳴りを邪魔しないのが特徴です。

特にSG4というレギュラーグリスはとてもいいですね。一つの基準として、これを試して抜差管が緩い場合は、嵌合調整をしても良いかもしれません。

防腐剤も入っており、管の内側をサビから守ってくれます。ロータリーオイルの種類が1種類しかないのが、残念なポイント。

ノンシリコーンなので、水や洗剤で洗浄しやすく、管内を清潔に保てます。他のオイルと混ざっても比較的問題が起きにくいです。


2. ヘットマン(Hetman, USA)

1980年代に誕生した、楽器用オイルに特化したブランド。最大の特徴は、粘度を細かく分けた豊富なラインナップ(No.1〜No.14など)で、楽器や環境に合わせて選べます。

北米やヨーロッパを中心に世界的に流通しており、特にプロ奏者からの信頼が厚いブランドです。一時期、流通量が著しく少なくなってしまいましたが、最近は手に入りやすくなりました。こちらも古くからある高品質なオイルです。

ヤマハと比べるとやや音に響きが乗ります。倍音なのか、吹奏感なのか、とにかく独特のサウンドを持っていて、ヘットマンファンの人は世界中にいます。西部も、F管のロータリーオイル、ボールジョイント、スピンドルオイルはヘットマンを使っています。

ヘットマンのグリスは、一番軽いものでもヤマハのSG4より重いので、嵌合が良い抜差管には少し重く感じます。

シリコーンについてはメーカー非公表


3. ラ・トロンバ(La Tromba, Switzerland)

1970年代設立のスイスの老舗ブランド。バルブオイル、スライドオイル、コルクグリスなど幅広い製品を展開。ヨーロッパでは学生からプロ奏者まで広く親しまれており、吹奏楽部や音楽教育の現場でもよく使われています。
“ヨーロッパでの定番ブランド” として確固たる地位を持っています。

日本でも、「T2」という青色のキャップのオイルは、使いやすさと動きの良さ、響きの良さでファンが多いです。

ピストンチューバに使っている人が多い印象です。やはり定番のサウンドがしますよね。

キャップが壊れやすいのと、匂いが人によっては臭いと感じるようです。T1という白いパッケージのものはかなり汚れが溜まりやすいので、こまめに洗浄が必要です。

シリコーンを含んでいるため、潤滑が長持ちしますが、カスが溜まりやすく、他のオイル混ぜる際には完全に拭き取ってください。


4. ウルトラピュア(Ultra-Pure, USA)



1990年に創業した、アメリカ発の家族経営メーカーです。楽器用の合成潤滑剤の理想を追求し、「速く、軽く、滑らかでシルキー」という感覚を目指して製品開発されています。非毒性であり、臭いがなく着色や残留が少ない合成油です。チューバ用だとウルトラピュアの、「ブラックラベル(Black Label Classic)」がおすすめです。ヤマハよりもわずかに音に薄い膜ができるような、響きで守ってくれる感覚があります。ヤマハが素直すぎると感じたら、ウルトラピュアを試してみてください。

ノンシリコーンなので、水や洗剤で洗浄しやすく、管内を清潔に保てます。他のオイルと混ざっても比較的問題が起きにくいです。


5. JMルブリカント(JM Lubricant, Germany)

ドイツを拠点とする「J. Meinlschmidt GmbH」は、1866年からロータリーバルブ製造に携わってきた歴史ある企業です。ロータリー楽器(ホルンやチューバ)向けの設計に強みがあり、金管奏者から高い評価を得ています。

近年のB&Sやマイネルウェストンを製造している、マルクノイキルヘンの工場でも使用されており、ドイツ製チューバへ使用するオイルとして、非常に適しています。ヤマハのロータリーオイルは1種類しか無く、マイネルウェストンやB&Sの楽器ではやや反応が重たいような印象もありますので、こちらがおすすめ。

特にヨーロッパでの支持が厚く、管楽器愛好家の間で愛用されています。ピストン用ももちろん良いですが、やはり“ロータリー楽器に強いブランド” と言えます。

抜差管用のグリスはなぜか粘度の高いものしか種類がないので、楽器によっては重すぎるかもしれません。

ノンシリコーンなので、水や洗剤で洗浄しやすく、管内を清潔に保てます。他のオイルと混ざっても比較的問題が起きにくいです。

4. 定番メーカーを選ぶ理由

オイルやグリスはどれも同じように見えるかもしれませんが、それぞれわずかに音や使用感が違います。多少の好みは出ると思いますが、音や吹奏感よりもまず、オイルやグリスの潤滑剤と錆止めとしての役割を高いレベルで発揮してくれるものを選ぶとよいでしょう。

主な特徴として…

(1) 化学的に安定している

楽器用として設計されているため、

  • 金属(真鍮・ニッケルシルバーなど)やラッカーを侵さない
  • 酸化や変質が少なく、長期間安定して使える
  • 他のオイルやグリスと混ざっても極端な劣化を起こしにくい

工業用や特殊オイルは、この点で保証がなく、最悪の場合はラッカー剥離やサビの原因になることもあります。また、グリスと混ざっても流れにくいような耐久性のあるグリスは、逆に手の届かないところまで回ったら除去しにくいという特性もあります。その点、楽器用として開発されたものは安心して使用できます。

(2) 粘度や使用箇所のラインナップが揃っている

楽器の状態や気温に合わせて選ぶことができます。この点、ヤマハは圧倒的に品揃えが多く、どのオイルやグリスを使っても平均的に高品質です。

(3) 演奏現場での信頼性

ヤマハもヘットマン、その他定番メーカーは世界中のプロ奏者が使っている実績があります。

大ホールでの演奏やレコーディングといったシビアな環境で試され続けているため、安心感が高いです。

5. 道具に頼りすぎないこと

オイルやグリスは、確かに「快適に楽器を使うための助け」として重要な役割を果たします。粘度や種類の違いで吹奏感が変わるのも事実ですし、状況に応じて選ぶこと自体は演奏の工夫の一つと言えるでしょう。

ただし、それを「音を作るための中心的な手段」と考えてしまうのは危険です。

重いグリスや特殊なオイルによって一時的に吹きやすく感じても、それは錯覚であったり、広い空間では逆効果になることもあります。

この「道具に頼りすぎない」という考え方は、多くの名手達の言葉によって裏付けられています。

例を挙げると…

  • ファーガス・マクウィリアム(ドイツ ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 元ホルン奏者)
    「道具やメソッドに依存しすぎると、本質を見失う」
    → 道具を工夫すること自体は否定されないが、依存しすぎるほど奏者の本質から離れてしまう。
  • セルジオ・キャロリーノ(ポルトガル ポルト国立交響楽団 首席チューバ奏者)
    「楽器そのものではなく、音楽への意識と心の在り方が演奏を決める」
    → オイルやグリスが補助的に役立つことはあっても、演奏の核心はあくまで奏者自身の内面にある。

まとめ

いかがだったでしょうか!グリスやオイルは身近なものだからこそ、プロはどういうものを使っているのか気になりますよね。選び方としても、基本は定番のもので良いでしょう。ドイツ製だから必ずしもドイツ製のオイルを使ったほうがいいわけでもないですし、シンプルに安くて高品質なヤマハを使うのがファーストチョイスかなと思います。

そのうえで、もう少し抵抗や響きがほしければ、ヘットマンやラ・トロンバを試してみてください。ポイントは狭い部屋で一人で判断しないことですね。良くなった気がするのはグリスで高音域の倍音が減って演奏の粗が目立ちにくくなっているだけかもしれません。逆にライトオイルで、パキパキ吹きやすいと思っていたら出ている音はかなりノイジーだったりと…。案外難しいんです。


忘れてはならないのが、オイルの種類にこだわるより、まずは定期的な洗浄と調整、オイル乾いてしまわないようにこまめに指す。これが何より大切です。

何かの参考になれば幸いです

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