楽器のコンディションを見直そう!【抜差管編】

楽器にばかりこだわるのも良くないですが、コンディションの良い状態には絶対にしておくべきだと思います。では楽器の調整がきちんとされた状態とはどのような状態を差すのか、今回のブログでは抜差管についての話題を中心に取り上げていきたいと思います。

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抜差管とは

抜差管とは金管楽器のパーツ名称で、主管抜差管と各バルブセクションについている長さの調整が可能な管です。ここで音程の微調整が可能です。抜差管の説明と詳細な調整方法についてはここでは省きますが、抜差管の精度や調整は音と吹奏感に大幅に影響します。基本的なコンディションの確認から上級編まで解説していきます。マウスピースやグリスの種類を悩む前に根本的な部分を見直してみましょう。

そもそも調整が必要なケース

①抜差管をゆっくり抜くと「パキン」と音が鳴る。
→このパターンは本体側の管と抜差管の平行とピッチがずれていますので、根本的な調整が必要。簡単にいうと歪みがある状態ですので、特定の倍音列で変な音の硬さや逆に息が抜けるような感覚があります。正常な調整にしますとしっかり息を受け止めてくれるようになります。

②そもそも抜けない
→「へぇ!ここの管抜けたんだ!」と固着してしまって一度も抜いたことがないというケースも稀に遭遇します。今すぐリペアセンターにご相談を。

③トランペットの1,3番抜差管やユーフォチューバのトリガーの動きが引っかかる
→これも①番と同じ原因ですが、精度が出ていないことが原因です。

④抜差管を片側ずついれて回すと、ガリガリ音が鳴る。
→色々を原因は考えられますが、砂のようなゴミが入ってしまっているか、管に歪みがあるため内側でピンポイントであたっている状態。

⑤演奏中息を吹き込むと管が抜け落ちる。グリスがすぐに溶けてしまう。
→抜差管がゆるゆるなのが原因です。グリスが溶けるのはバルブオイルの指しすぎか、管がゆるいことでバルブオイルが回ってグリスが溶けます。

⑥抜差管の先端が丸まっている、凹みがある。
→長さの違う管を左右に揺らしながら抜いたり、乱雑に入れたりすると簡単に歪んでしまいます。又、落下させたりぶつけてしまって凹んでいる場合、すぐに修正してもらってください。

先端が丸まって内径が変わってしまっています。

抜差管がゆるい

通常のリペアや調整が完了している楽器や新品の楽器でも、抜差管がゆるいことは多々あります。特に最近の楽器は精度があまり良くないことが多く、厳密に言えばもっと丁寧な調整をしてあげればもっと良くなる可能性を秘めた楽器がたくさんあると思います。

抜差管がゆるいとどんな影響があるのか

ユーフォでいうと2番抜差管が緩くて、息を吹き込むと飛んでいくという状態の楽器やチューバだとB&S 3099 PT10は元々緩めの主管に音程がハイピッチなのでかなり抜いた状態で演奏する奏者が多く、演奏していると抜けてきてしまうという物理的な問題があります。どれぐらいスカスカか言葉で説明するのは難しいですが、片側だけグリスを塗って入れてスコンと入ってしまう状態はゆるいです。経験上、理想的な調整がされている楽器のほうが少ないです。

第2の問題点として、チューバでリバース管がスカスカだとグリスがオイルと混ざって溶けて、ロータリーに流れることで動きがトロくなります(グリスの性質としてオイルと混ざると溶けます)。グリスとオイルが混ざって溶けたカスやその汚れで動きが悪くなり、結果的にバルブオイルをジャバジャバ入れてしまい、管内に汚れが溜まりヘドロとなって堆積します…。

第3の問題点として、音と吹奏感についてです。気密性が大事だという視点と金属と金属の密着度合いと面積が大事だという視点とベテラン職人によって意見は分かれますが、共通しているのはスカスカで良いとしている方はいません

どうやって直すの?

購入店舗やリペアセンターに相談するとまず最初におすすめされるのが、「重めのグリスを使ってみてください。」ということです。これでも一時的には改善しますが、前述のリバース管のチューバは最もヘビーなネバネバのグリスを使って、オイルをさす頻度を少なくしても結局は溶けてしまいました。実体験として筆者(西部)が使用しているMeinl Westonのトラディションでも、ウルトラピュアやヤマハのヘビーグリスやヘットマンのジェルプラスを試しても今度は逆にグリスのせいで音抜けが悪くなって吹奏感が重たくなってしまいましたし、それが流れてくるとまた軽くなってくるので「吹奏感が一定ではない」という点において非常に問題を抱えていました。(どのチューバでもそうなのでトラディションがというわけではありませんし、楽器そのものはマジで最強に良いです。最強のF管です)

つまり、グリスで対応するのは根本解決にはなっておらず、グリスの量が多くなることで音がモサッとしてしまう、音が止まる等の弊害を生みます。

根本的に解決するには抜差管を太らせることが必要です。

太らせると言っても、まずは歪みがないかをチェックしてそれで精度が出ることもあります。以下の写真は洋白抜差管の外径を計測したものですが、左が21.90mm右が22.00mmと僅かに真円では無いのがわかります。「え!こんなの誤差だろ!影響なんて無いだろ!」と思うかもしれませんが、この楕円形の歪みは内径の変化だけではなく、内側の管と外側の管が均等に密着していないということになりますので、音の密度や息を入れたときの感覚が大きく違います

左21.9 右22.0

そのうえで、抜差管を片側ずつ挿してゆるさをチェックしつつ、調整します。調整方法は複数ありますが、ハンマリングで叩いて伸ばして太くする方法とエキスパンダーを使う方法があります。個人的には両方試した結果、圧倒的にハンマリングを推奨します。

理由は明確で、エキスパンダーという器具を使った場合、円形に均等に膨らむわけではなく、5軸(器具によって違いあり)のあたった部分だけが膨らむので、楽器側と均一に接触せず、やり方によっては吹奏感が著しく悪くなります。(個人的感想)

更に、エキスパンダーで膨らますことのできる内径には限界があり、チューバの一部ボアサイズが大きい楽器はやり過ぎると指で触ってわかるほどにナミナミと真円ではなくなってしまいます。また、エキスパンダーを使った調整はやり方が悪いと音に変な硬さが入りますので、一般的に言われております「抜差管をきつくすると音もきつくなってもとに戻せない→だから無難にグリスで対応」という説に繋がるのだと推測できます。また、エキスパンダーを使った修理の方がハンマリングよりも手間が少なく作業が早く終わるので、広く普及しています。

ハンマリングを用いた方法では、先端からわずか2cm程を膨らませるだけですし、芯金を入れて内径の歪みを直してから必要があればハンマリングをすることで最小限のダメージに抑えることができます。たまに抜差管全体を奥まで膨らませてある楽器を見ることがありますが、そんな必要は全く無いです。また、息が入る側と出る側の抜差管のきつさのバランスを僅かに変えることで快適な音抜けに調整することもできます。もちろんただハンマリングでやっただけではむしろ悪くなる可能性もありますので、かなり経験のいる作業ではないかと思います。

こうして理想的な状態に調整された楽器では全音域ムラがなく、しっかりと息を受け止めてくれる吹奏感と適切な音抜けが両立し、過剰なオイルを注油しなければグリスも溶けず長持ちし、グリスの溶けたカスが溜まって汚れることもなく、、、非常に快適になります。ウルトラピュアのレギュラーやヘットマンNo.6.5 or 7スライドジェル、赤ジャムなど標準的なグリスで十分気密性と適度な硬さが保たれます。

トリガー付きの抜差管はどうするの?

トランペット1,2番抜差管やユーフォの主管トリガー、チューバの2番トリガーなど、可動させられる抜差管は緩く作られています。吹奏感を決めるポイントには質量のあるパーツを取り付けることで振動(定常波)を反射させて管内に戻すことで適度な抵抗感を作ることができます。簡単にいうとカニ目と呼ばれる丸い突起がついていたり、指かけがついていたり、トリガーを連結するパーツがついていたりと何かしらの金属が付いています。これらが抜差管が緩い分のバランスをとっています。とはいえ内管の先端が丸まっている状態や極端に緩い場合は問題がありますので、適切な調整が必要です。

金管楽器の振動特性について興味深い記事があったのでこちらに置いておきます。

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マウスピースに沼る前に楽器のコンディションを見直そう

いかがでしたでしょうか。抜差管について掘り下げてみましたが、丁寧に調整していくとかなり快適になります。マウスピースをアレコレ試すのも良いのですが、根本的に楽器の調整が精度良くされていないとどれを吹いてもイマイチという結果になりかねません。

他にも、ロータリーやピストンの穴位置がずれている、ウォーターキーコルクが劣化している、マウスピースのシャンクがあっていなくてグラグラする、など山程チェックポイントはありますので、お近くの楽器工房にご相談してみてください。

個人的な話をすると、2022年1月にマイネルウェストンのF管チューバ、トラディションに買い替えてからマウスピースのベストな組み合わせを悩んでいましたが、8月にガッツリと抜差管の精度を見直してから圧倒的に吹きやすくなり、調子の悪い日が一日もなくなりました。もちろん旧ボラーレの組み合わせでなんの問題もなく、ホールでのテストでも素晴らしい結果でした。

主管抜差管がトリガー仕様になっている楽器でも、動きを出しつつ精度を出すことが可能です。(筆者の宣伝みたいで気が引けますが)抜差管を太くして吹奏感がきつくなってしまったという方はその音抜けを管楽器調律で調整することも可能です。

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