プログラムノート『ムーンダンス / ジョン・スティーヴンス』

先日、YouTubeチャンネルにこのような曲の演奏動画を公開しました。

ホールに行って実際のコンサートみたいに撮りました!

こちらは音大生や深めのチューバ愛好家でしたらまず誰もが知っている、純然たる「チューバ4重奏のための作品」ですが
有り難いことに我々のチャンネルはそこまでご存知ない方も多く見て下さっているようで、
昨年末のコンサートでこの曲を演奏した時にはとても新鮮な気持ちで聴いて頂けたように感じました。

あくまで僕たちは作曲家ではないので少し僭越な物言いになるかもしれませんが、
チューバには元々こういう曲もあるというのは広く知ってほしいことであり、
そういう事もしてこそ「チューバのアンバサダー」かなと考えております。

ですので、こういう曲を取り上げる時にはきちんと演奏前に解説というか、内容の予告というか
とにかく初見でもある程度の親しみを覚えてもらう努力の必要性を重く感じております。
そして実際にそういう想いでMCをやってみたところ、アンケートを見る限り一定の効果があったように感じております。

ということで、その演奏会に来れなかったけどそういう所に興味がある方、この動画をこれから見るかもしれない方、
そして仲間と組んだチューバアンサンブルでやってみようと考えている方などに向けて、
なるべく専門用語とか予備知識とかなくても読めるような形で
チューバサダーズの淋がこの曲について言えることを文章化しようと思います。

何より、当時のMCはチューバの演奏をする前後で喋るので結構頭がホワァ〜っとしていたところもあるので
「本当はこんな風に喋りたかったんだよ」という気持ちを込めて、ここに書いていきます。笑

そんな動機で書かれたブログですので、
くれぐれも歴史に基づくレポートや公式見解のようなものではないということをご理解の上お読みください!

目次

概要

ジョン・スティーヴンス ( John Stevens, *1951)

アメリカ、ニューヨーク州バッファローに生まれた作曲家であり、元チューバ奏者です。
名門イーストマン音楽学校とイエール大学で学び、ニューヨークを中心にフリーチューバ奏者としてのキャリアを積んだそうです。
30代にはマイアミやウィスコンシンの大学で教鞭をとっており、かなり活躍されていたようです。

我らがレジェンド、ロジャー・ボボが1938年の生まれで、大先生というか大先輩というかぐらいの年齢差ですね。
スティーヴンス氏が彼のために作曲した作品というのは実に多く、深い関係性があることが伺えます。

僕は3年ほどボボに師事していたのでもうちょっと突っ込んだこと書くことを求められているかもしれませんが、
個人のことですし、ここはそこまで掘り下げません。笑

ただこの、アメリカでチューバレジェンドたちがギンギンに活躍していた頃、
そこにスティーヴンス氏も居たということをとにかくなんとなくイメージ出来たら
氏の書くチューバ作品の未だ色褪せない格好良さや、技術的要求の高さについてシックリくるものがあるんじゃないでしょうか。

ムーンダンス (Moondance)

そんな氏によって、1989年にSummit Tuba Quartetというグループのために書かれたのがこの曲です。

この「サミット・チューバ・カルテット」なるグループ
メンバーは(敬称略)
ロジャー・ボボ Roger Bobo
ダニエル・ペラントーニ Daniel Perantoni
ハーヴィー・フィリップス Harvey Phillips
ジーン・ポコルニー Gene Pokorny
です。

Summitにもほどがあるだろ。
ただ名前を羅列してるだけで気持ちよくなるようなオールスター・アンサンブルのために書かれた作品ということですね。

今 聴ける音源

チューバ奏者にとって貴重なレパートリーなので、これを録音した音源は当然いくらかあります。
ここではその中から2つ紹介させてください。

まず、先述のSummit Tuba Quartet。
こちら、実はYouTubeで音源見つけられます。

YouTubeアートトラックなので違法ではないですが、急にPremiumでしか聴けなくなったりとかはあるかもね

これ、漠然と検索すると見落とす可能性ありますよね。
録音の年代が流石にやや古いところはありますが
そこのところは脳内補完して聴くと既に素晴らしい内容だと思いますので是非チェックしてみてください。

次にもし知らなかったという方がいたら絶対知って欲しいのがSotto Voce(ソット・ヴォーチェ)というグループ。

厳密にはユーフォ・チューバ4重奏のグループなので我々とはジャンル違いということにな…ならないか。
メンバー等はちょっと彼らのサイトで確認してください。

省略してしまったみたいですみませんが
その代わり語りたいのは、やっぱり彼らのキレキレ感ですね。

チューバだけでなくユーフォなんて特に「優しい音〜」と言われる楽器ですが(別にそれはいいんですけど)
この人達の録音では「どこがやねん」てな感じです。

特にデマンドレ氏の芯ブッ刺さりで鳴りまくってる音はエンタメ性が半端じゃなく
他の方々もカマす時は本当にバチバチで、それでちゃんと内容が高い技術に裏打ちされていますので
どの演奏も曲の解像度がとても高い録音になっています。
またフォーブス氏は作曲家としての能力も素晴らしく、自分たち用に格好いい曲を書きまくっています。

そういった高いタレントと志の詰まった音源を20年以上も前から出していますので、本当に偉大なアンサンブル・グループです。
チューバサダーズ、実は結構無意識でしたけど何だかんだ明らかに影響受けていますね。
これからブログで名を挙げる時には勝手にセンパイと呼ばせていただきます。

さて、そしてそんなソトパイ
2002年にジョン・スティーヴンス4重奏作品集『VIVA VOCE!』という神アルバムをリリースしており
こちらもYouTubeで合法に聴けてしまいます。

ジャケット右下の方がスティーヴンス氏。チューバの音大生は全員このポーズ真似したら通じます。

こうやって聴いてみたら改めてチューバとユーフォの音色の違いも感じられますよね。

他にもMelton Tuba Quartetの録音などもありますが、この2つの音源を選んだのは
作曲家のスティーヴンス氏が確実に収録に絡んでいるということが考えられるからですね。

ですので、曲に関する公式見解のようなものを求めてこれを読みに来た人に対してはこれらから聴こえてくる情報が、それです。

それを汲み取ろうと分析するように聴いてみてもいいでしょうし
それを踏まえてやっているはずの僕たちの録音がちょっと違うことしている所に「何で?」と思ったりしながら
聴き比べてみても面白いんじゃないでしょうか。

作曲者によるコメント

あとは、Editions BIMの販売ページに公開されている作曲者コメントを以下に引用します。

About Moondance
Features each player individually
The work was conceived to feature each of the players individually in addition to the ensemble as a whole. One voice has the melodic lead a great deal of the time and there are solo cadenzas for the other three parts. The work emplies both the sonorous harmonies and rhythmic drive and power that can be generated by a group of four bass tubas. 引用元

標題音楽めいたタイトルや背景に関する情報はほとんど言及されておらず依然謎が残りますが、
4人全員にソロとアンサンブル両面での卓越したスキルを求め
チューバという楽器と奏者個人の多彩な持ち味が遺憾なく発揮出来る曲作りを意図したことが見て取れますね。

言っちゃって良いのかわかりませんが、楽譜を購入してもこれ以上のことは特に書いていないです。
でも逆に言えば、細かいところの解釈について自由度が高い状態にあるとも言えると思います。

ということで、
僕も僕なりに超個人的見解で次のように曲の聴きどころを語らせて頂きます。

個人的!聴きどころ

まず最大のポイントはやっぱりユニゾンだと思います。
それぞれが歯車のように違う動きを組み合わせていくタイプのシーンもあるんですが、
やっぱり冒頭と後半で4人全員がひたすら全く同じ内容を吹くシーンの大胆な構成が印象的です。

そしてまたこのリズムや拍子がいちいち難しい、凄く変則的なもので
楽譜を知らずに聴いた人は「どんな楽譜になっているの?」という気分になると思います。

何か凄く西洋音楽の規則から外れたような、ランダムで混沌としたグルーヴが聴く側を翻弄しますが
どういうわけか吹いている4人はズレずにビッタリ合っている。
そこに何か民俗的なもの、或いは呪術的なクールさを感じるものとなっています。

こう書くと如何にも現代音楽的な取っつきづらい難解さを覚えるかもしれませんが、
この曲の変拍子というのは決してそういうものではないです。

例えば、アメリカ民謡の「シェナンドー(Shenandoah)」とか、
凄く美しい唄ですけど、拍子がコロッコロ変わります。
(民謡なのでググれば簡単に楽譜見つかります)

これに限らず、他の民謡とか古い宗教音楽とか
自然発生的な、誰からともなく生まれたピュアな唄というのは案外不規則なものであることが少なくないわけで、
この曲も、ただリズムを難しくして奏者へ挑戦を強いるようなそれではなく
そういう原始的な美意識みたいなもので出来ているように感じます。

その雰囲気は後半に入れば分かりやすく感じられると思うのですが、冒頭の方では極めて明瞭な長調で荘厳な和音も鳴り響きますので
ともするとウッカリ、オーソドックスなクラシックや教会の音楽のイメージで臨んでしまうかもしれません。
しかし僕のイメージとしてはもう最初からそういう所からはちょっと外れているといいますか
仮に教会の音楽なんだとしても「異教」みたいな、ストラヴィンスキーの春の祭典みたいな舞台設定を感じます。

そう考えてみれば、素朴なソロではなく4人全員のユニゾンにしているという点も活きてきます。
このように響きの多い楽器ですから、ピッチが一致してもどこかエグみのような圧があり、
そこにある種のグロさが漂うことで、一見取り留めなくも感じられる展開に一貫性を見ることが出来るのではないでしょうか。

「月(Moon)」というのも案外、創作において狂気だったり不気味なものだったりのモチーフになるものですよね。
言葉も通じない謎の集団の儀式で、
どんな意味でどんな行程が決まっているのかもわからないが、
一糸乱れず熱狂していく彼らを見ているとこちらも不思議な感動を覚える。

何かそういう体験が出来るような曲なんじゃないかな、と僕は思います。

…とかいって、作曲家さんとちゃんと話したことある人から「全然違うよ」って言われる可能性は勿論ありますが(笑)
でもそういう見方もアリなんじゃないかと思いますので、
正直聴いてみてもよく分からなかった方、これから聴く方や演奏しようという方が
ちょっとだけ参考にしてくれたら光栄に思います。

お読みいただき、ありがとうございました。


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